スピリッツとは本来「精神」のことだが、酒に関して使われる場合は「蒸留酒」の意味になる。 したがって、ウイスキーもブランデーも、スピリッツの一族である。
蒸留酒をつくるためには、蒸留の前段階に何らか発酵液が用意されていなければならない。 例えば、ビール状のもの、ワイン状のものなどだ。 そして、こうした液体からアルコールをなるべく濃厚な状態で分離したものがスピリッツ(蒸留酒)である。 分離する時に蒸留という操作を行う。蒸留法の原理は比較的簡単である。 発酵液中のアルコールの主成分はエチル・アルコールなのだが、その沸点は一気圧のもとでは78.3℃。 一方、発酵液に多量に含まれている水分の沸点は一気圧のもとでは100℃。 従って、この両者の混在している液を加熱していけば、まずエチル・アルコールを多量に含んだ蒸気が発生し、 ある時点で低沸点のエチル・アルコールが蒸発しつくして水分が多量に残るという段階に達する。 この水を廃棄し、一方、それまでに蒸発した蒸気を順次冷却、液化してやれば留出液は元の発酵液よりもアルコール分の濃い液体になる。 蒸留酒はこのようにして生まれる。
ところで、蒸留酒づくりの技法は古代より続けられてきた錬金術の試みのなかで、錬金術師によって偶然に発見されたもののようだ。 しかし、それがいつ、どこで、誰の手によって発見されたかは、定かではない。 ただ、こうした蒸留によって生まれた酒がその誕生の初期の頃から、錬金術師たちによってラテン語でAqua-vitae(生命の水)と呼ばれていたことは、ほぼ確かである。 そして、錬金術の伝播とともに蒸留酒づくりの技法もまた、世界各地へと広まっていった。
西では、まずスペインでワインの蒸留酒がつくられた。 これが今のブランデーの祖先である。イタリアでも同じ頃、同様の酒がつくられたという説がある。 スペインでの蒸留の技法は、やがてピレネー山脈を越え、フランスに伝わり、ここでもワインを蒸留した生命の水を生む。 フランス人たちは、その蒸留液を、自分たちの言葉で「オー・ド・ヴィー(生命の水)」と呼んだ。 この語は、今でもフランスでブランデーを指す法的名称になっている。 その後、蒸留技術は、スペインから海上ルートでアイルランドに上陸し、ビールを蒸留してウイスキーの祖を生む。 その技術は次いでスコットランドに伝わり、スコッチ・ウイスキーの礎を築いたあと、北欧に伝わってアクアヴィットを生む。 アクアヴィットとは、いうまでもなくラテン語アクア・ヴィテの訛ったものである。
一方、蒸留技術は東へも伝わり、ロシアの地でウオッカを生む。 ウオッカという名称は、生命の水のロシア語であるジーズナヤ・ヴァダーの「ヴァダー(水)」が変化したものである。 さらに東進した蒸留技術は、イランやインドでアラックを、タイでラオ・ロンを、琉球で泡盛を生み、さらに日本に上陸して焼酎の出現となった。 また、コロンブスの航海によって伝えられた蒸留技術は、カリブ海諸島でラムを、メキシコでテキーラを生んだ。 つまり、現在地球上の各地でつくられているスピリッツのオリジンは、ひとつだといっていい。 土地ごとに毛色の変わった酒が生まれているが、スピリッツは全て兄弟なのである。